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【コラム】19年務め続けたプロ野球捕手に学ぶ

この季節は、プロ野球選手の「人事異動」が行われる季節ですね。

9月になると、ベテラン選手の引退発表がポツポツと始まります。
この辺りで引退発表する選手は、長年に渡りチームの主力として活躍した選手がほとんど。
ファンも「もう今年くらいで引退かな・・・」と思いつつ見ています。

そしてクライマックスシリーズあたりで、第一回の戦力外通告があります。
ほとんどの選手は、二軍戦でも登場が少ないです。
最後に「思い出出場」がある場合もありますが、本人もファンも覚悟している選手が選ばれます。

そしてドラフト会議。
どの球団がどの選手を一位指名するのか、調査も報道も加熱します。
将来のチームを引っ張っていってくれる選手をどう発掘するのか。
誰を、どの順番で指名するのか。
選択と戦略、クジ運が見所で、ワクワクします。

そして、ドラフト会議が終われば、第二回の戦力外通告。
ドラフト会議の結果を受けて、最終的に来季の戦力をほぼ確定させることになります。
ここでは、意外な選手の名前が上がることもあり、ファンを驚かせることがしばしばあります。


そんな中で、1軍にほとんど出場していないのに19年間も選手生活を続けることができた稀有な存在が、広島カープの白濱裕太捕手です。
高校3年春の甲子園では、その後巨人で活躍した西村健太朗投手とバッテリーを組んで全国制覇。
そして2003年のドラフト会議で、広陵高校から1位指名。
高卒キャッチャーは、チームの期待の星です。
強肩が持ち味で、
人材育成で定評のある広島カープですし、地元出身ということで、いやがおうにも活躍の期待が高まります。せ

でも、その後の成績はパッとしません。
プロとしての基礎体力づくりに励み、1軍初出場は入団から7年経った2011年。
この年は9月から7試合に出場し、打率.077という成績でした。

2012年には35試合、2013年には7試合、2014年には30試合と、第三の捕手としてチームを支えます。
ですが、2014年からは出場試合が1桁前半。2018,2019,2021年には出場ゼロに終わります。
普通だったら、とっくの昔に戦力外通告されてもおかしくない成績です。
でも、白濱選手は「しぶとく」生き残り続けます。
これは決して、リストラされないようにチームにしがみついていたのではありません。

試合にほとんどでない白濱選手が、なぜリストラされなかったのか?
第一に、捕手としての基本能力の高さがあります。

キャッチャーは、ピッチャーの投球を受けるのが第一。
どんなボールでもしっかりと受け止め、後ろにそらさないことです。
そして、ピッチャーが気持ち良く、自信を持って投げられるような配慮が必要です。
この能力については、チーム関係者だけでなく、評論家からも高い評価を受けていました。
特に、若い投手の持ち味を引き出すには、しっかりと投球を受け止めてあげることが第一。
若手人材の育成のためには、捕球技術の高い捕手の存在が欠かせないのです。

ただ、捕球技術が優れていても、それだけでは1軍で活躍することは難しいです。
白濱選手の泣きどころは打撃面にありました。
ここが成長しなかったので、残念ながら二軍暮らしがずっと続いたのでした。


第二には、人間性、ピープルスキルが優れていたことです。
キャプテンシーや練習に取り組む意識の高さが、広陵高校在学中から関係者にこぞって評価されているそうです。
どんな時にも手を抜かずに、しっかりと準備して練習する。
それでいて、取り組み意欲が低かったり、態度が悪い後輩にはビシッと指導できる。
後輩選手ともコミュニケーションを上手に取りながら、必要に応じてコーチ陣に意見具申ができる。
グラウンド以外でも、広島の路面電車で乗降に困っている人がいたら、手を差し伸べている場面が目撃されています。
こんな先輩がいれば、後輩たちは自然と心がシャン!として、社会人としてしっかりした考えを身につけるようになりますよね。

プロ野球選手ですから、1軍で活躍してこそ年俸が上がります。
でも、いくら試合で大活躍しても、社会人として問題行動を起こす選手が後を絶ちません。
人気商売ですし、子供たちに夢を与える職業の人が、自分の能力を鼻にかけて特権階級面したのでは、社会に悪影響を与えます。
もちろん、チームにも後輩にもマイナスです。


白濱選手が長く活躍できたことを、現在言われているリカレント(学び直し)に置き換えて考えると、どうなのか。
高い専門能力と、首脳陣と後輩とのコミュニケーションの結節点となって組織を下支えする。
それでもって、組織や首脳陣の意向は尊重する。
優れた専門スキルと高いピープルスキルが認められ続けたからこその、19年間ではなかったでしょうか。

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